全国高校野球選手権の静岡県代表として「浜松開誠館」が初出場し、初戦で勝利をしました。
初めての甲子園出場によって全国に名が知れ渡ることになりましたが、初戦の試合を見ると今後も期待できそうという声が多くあります。
そんな浜松開誠館の現在の監督は元プロ野球選手の佐野心さんですが、2017年から2021年までは中村紀洋さんが浜松開誠館の非常勤コーチを務めていました。
そこで今回は「浜松開誠館野球部の監督は佐野心!元コーチは中村紀洋で強豪校に成長?」と題して、浜松開誠館野球部の監督やコーチについて調査したいと思います。
浜松開誠館野球部の監督は佐野心!
浜松開誠館の現在の監督は、
です。
佐野心さんがどのような人物なのか詳しく見ていきましょう!
佐野心のプロフィール
佐野心さんのプロフィールは以下の通りです。
【佐野 心(さの こころ)】
佐野心さんの父親は広島カープに所属していた元プロ野球選手の佐野真樹夫さんなので、佐野心さんの生まれは広島です。
しかし、中学生の頃に家庭の事情で浜松市に引っ越しました。
そこから佐野心さんは浜松で育ち、浜松商業高校に入学、3年生時のに夏の甲子園に3番・右翼手で出場しました。
高校卒業後は静岡を出て、専修大学に入学し、硬式野球部に所属しました。
大学4年生の時には主将を務め、1991年のドラフト6位で中日ドラゴンズに入団しました。
佐野心の経歴
中日ドラゴンズに入団以降の経歴は以下の通りです。
1991年11月22日:ドラフト会議6位で中日ドラゴンズに入団
1995年:打撃で伸び悩み、現役引退
2004年4月:静岡県にある常葉大学付属菊川高校の教員となり、硬式野球部の部長に就任
投手育成を担当し、理論的指導で現在プロ野球選手として活躍している田中健二朗選手を育て上げる
2007年:高校の先輩である森下知幸さんと二人三脚で常葉大学付属菊川高校を春の甲子園で優勝に導く
2008年5月:一緒に指導していた森下知幸さんがセクハラ問題を週刊文春に報じられ謹慎処分を受けたため、監督に就任
同年夏:常葉大学付属菊川高校は甲子園の出場を果たし準優勝
2008年9月:森下知幸さんの監督復帰に伴い常葉大学付属菊川高校硬式野球部の部長に復帰
2012年4月1日:常葉大学付属菊川高校硬式野球部の部長を辞任
2016年4月:浜松開誠館高校の部長に就任
2017年3月:磯部修三監督の勇退に伴い監督に就任
佐野心さんは1991年に中日ドラゴンズに入団したものの、打撃で伸び悩み、現役の期間は4年ほどで1995年には引退しました。
その後は常葉菊川高校の教員となり、部長や監督に就任、そして浜松開誠館の部長を経て現在監督をしています。
浜松開誠館野球部の元コーチは中村紀洋で強豪校に成長?
浜松開誠館高校の現在の監督が佐野心さんであることはわかりましたが、ネットでは「ノリさんがコーチやってたのか」という声が多く挙がっています。
ネットで言われている「ノリさん」とは、
のことで、野球解説やプロ野球コーチをしています。
2017年から2021年までの約4年間、浜松開誠館高校の野球部の非常勤コーチを務めていました。
浜松開誠館の生徒には、自分が高校時代に教えてもらったことを徹底的に教え込んだと言います。
自分が高校時代に教えてもらったスピードボールをとにかく強く叩いて、(ボールに)スピンをかけることを選手に徹底した
引用元:スポーツ報知
浜松開誠館は全国高校野球選手権では初出場となり、初めて名前を聞いたという人もいるでしょう。
それなのに、初戦は見事勝利し、強いチームであることを見せつける試合だったことから、強豪校と呼ぶにふさわしい高校かもしれません。
そんな浜松開誠館を強豪校にしたのは、ノリさんこと中村紀洋さんの功績もあったとする声があります。
初戦勝利で中村紀洋さんも恐らく喜んでいることでしょうし、今後の試合に期待も高まりますね。
まとめ
今回は「浜松開誠館野球部の監督は佐野心!元コーチは中村紀洋で強豪校に成長?」と題して、浜松開誠館の監督とコーチについて調査しました。
浜松開誠館高校の野球部の監督は、元プロ野球選手の佐野心さんであることがわかりました。
そして、以前はノリさんこと中村紀洋さんが浜松開誠館高校野球部の非常勤コーチを務めていました。
ネットでは、静岡県内で優勝に導いた現在の監督である佐野心さんを賞賛する声や、浜松開誠館高校がここまでの強豪校になったのは、中村紀洋さんの功績であるといった声が多くありました。
今後の浜松開誠館に期待したいですね!
本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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